やわとわらふ







やわとわらふ





銀時の腕のなかで、その小さい生き物は頼りない声を上げて、一丁前に欠伸をした。銀時はそれを見て、暖かい何かに触れたように静かに頬を綻ばせた。


「こいつもだいぶしっかりしてきたなぁ」
「だってもう、会ってから一年経ちますもん」


新八がそう言いながら、茶を机に置いた。神楽は銀時の隣に座って、その勘七郎という銀時によく似た赤子を覗き込んでいる。赤子と言うには少し大きくなった感はあるものの、まだ言葉のままならない子供特有のまろい空気がある気がする。その空気はたぶん、本人が出すものではなくまわりの人間が作るものなのかもしれない。いつになく穏やかな顔をして、膝の上に勘七郎を座らせた銀時を見て思う。


「でもまだふにゃふにゃネ。赤ちゃんアル」
「おめーだってまだふにゃふにゃだろ」


神楽の頬を指でぐいと押して銀時は笑った。神楽は怒ったような顔をしたものの、もう一つ小さく欠伸をした勘七郎を見て、すぐに機嫌を直して笑った。やっぱり、そういう空気、だ。


「でも本当に昔は僕らだってこんなふうに、ふにゃふにゃで、なーんにもできなかったんですよねえ」


銀時はそれにただ笑ってかえした。
膝の上の子供は、すでにうつらうつらとしかけていて、寝ぐずりもしない。それどころか、初めて見る土方の顔を見ても人見知りもしなかった。それから一度も機嫌を崩さずに、他人に預けられているというのにのんびりとしたものだ。


「じゃ、何にもできなくない自覚があるんなら、いつまでもこいつに構ってねえで買い物行って来いよ」
「あ、はーい」


肩をすくめて新八は台所に戻る。そのあとを神楽も追いかけていく。しばらくして二人と定春が連れ立って万事屋を出て行った。残ったのは、妙なくらい柔らかくて高い体温の移った空気と、銀時と、土方だ。


「あ、土方悪いな、こいつ急にあずかることになって」
「仕事だろ、別に謝んなくてもいいだろ」
「いや、俺が言いたいだけだし」


銀時はそう言うと、膝の上の子供の顔を覗き込む。すっかり落ちた瞼と、頼りなく傾いた首。えくぼのある小さな手が、銀時の手の上にちょんと乗っかっている。その対比がなぜか土方の胸に迫った。勘七郎が、銀時に似ているから余計に。
きっとこんな風に、銀時が小さく、頼りなく、誰かに守られて、暖かな場所にいたことがあったことを思う。そんなことはきっと本人が覚えていようが覚えていなかろうが、その口から話されることはないのだろう。けれどそんな頃がなかったら、銀時は絶対にここに居ない。それだけが、たったそれだけが本当のことだった。


「……お前もそんなだったんだろうな」
「土方だって、そうじゃねーか」


お前がこんな風に小さくて、守られてたころ、その守ってくれていた腕に俺はお礼を言いたいよ、と銀時はその子供をそっと抱き上げながら囁くように言った。その声に驚いて座っていると、銀時は奥の座敷に勘七郎を寝かせに行った。小さな子供の出す甘やかな匂いが通り過ぎる。銀時の囁いた言葉が耳の奥で、鈴の音のように響く。


「誕生日おめでとさん」


勘七郎を寝かしてきた銀時が、土方の後ろに立ってそう言った。


「え?」
「やっぱり忘れてやがった」


振り返れば、銀時は子供のような顔で笑って、でもやっぱり土方の知っている銀時の唇で、声で、もう一度おめでとう、と囁いた。













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2013.05.05
言葉通じないけど意思の疎通を図ろうとするときに発生する、笑っちゃうような空気の柔らかさがとても好きです。土方誕生日おめ!