上履き シガレット 女子の中で、上履きのかかとを踏んづけて履くのが流行っているらしい。 かぱかぱ音をたてて廊下を行きかっているのをよく目にするが、どこがいいのかわからない。 男子では体育館シューズをそのまま上履き代わりにしているやつがよくいる。近藤さんがそうだ。 走りやすくて、滑らないから、と本人は言うが脱ぎ履きしにくいから不便だろうとつねづね思う。 かくいう自分は、学校指定の味気のない上履きをちゃんと(こういう風に言うと、なんだか優等生みたいで嫌だ)履いている。 だいたいが、めんどくさがりなのだ。目立つこともそんなに好きじゃない。 土方が屋上の扉を開けたら、上から上履きが降ってきた。先っちょの赤い、踵のぺったんこになったヤツが。 「あー落ちたアル」 続いて落ちて来たのは訛りのある声だった。見上げるとひょっこりピンク色の頭がこっちを見ていた。 「パス!マヨラー」 無視を決め込んで、日のあたる端の方に腰掛けた。学ランの内ポケットからタバコを取り出す。 小さなポケットなので箱は潰れてしまっているが、重宝しているのだ、実は。 この内ポケットに入れておくと不思議とばれないから。火をつけて、一口肺に送り込み思いきり吐き出す。 「おいしいアルか?」 いつの間にか、神楽がこちらを覗き込んでいた。右手に上履きを持って。 興味深そうにじっと、薄く灯った火とたなびいている煙を見ている。 「…吸ってみっか?」 「マジでか!」 「うぅえええぇーまっじィアル!なんだこれえええ」 神楽は大きく咳きこんだあと、喉を押さえてそう言った。 分厚い眼鏡のレンズの向こうで、青い目が涙で揺れている。土方は突っ返されたタバコをこともなげに一口吸うと、 そんないかにも女子らしい(タバコを吸おうとする時点でそうでないかもしれないが)しぐさをしている神楽を見ていた。 「こんなのどこがいいアルか?」 咳が収まったのか、涙目をしぱしぱとさせながら、神楽はまたタバコの先の火を見つめてそう聞いた。 「お前らの、上履きみたいなもんだろ」 「はあ?」 「やんなっつわれてることやって、遊んでるだけだ。単純にタバコの方がリスク高いだけで」 神楽は不思議そうに自分の足元を見た。形の崩れた上履き。小さな足に踏まれて、やわらかくフォルムを失っている。 「そんなもんアルか?」 「そうだろ。タバコのにおいつくから、もう行けよ。ちょうど4限も終わりだろ」 タバコは半分ほどの長さになっている。高校生にしてはキツイタバコだから、神楽があそこまで咳きこむのも道理だったのだ。 あれに懲りて、二度と手なんか出さなければいい。なぜか土方はそう思った。 明るく光を返す桃色の髪や、不思議なくらい白い肌に、少しも煙は似合わない。 「土方は行かないアルか」 「昼休みになったら近藤さんとか来るしな。めんどくせえから戻んねえ」 「ふーん」 そっか、と神楽は呟いて、はねるように屋上の扉に向かった。そして、ノブに手をかけながら言った。 「さっきの、間接キスアルな!」 にやっと笑うと、そのまま金属製の扉は低い音をたてて閉まった。屋上に一人になった土方は誰に言うでもなく、呟く。 「ばっかじゃねーの」 タバコの煙はするすると空に向かって伸びていく。 神楽が階段の下りていく、かぱかぱという上履きの音が聞こえるような気がして、ゆっくりと寝転んで、目を閉じた。 -------------------------------------- 08.04.20 3Z土神。 しろと様へ。相互リンクへの御礼でした。 |