あれはいつだったかなあ、そんな風に思いだすことが多くなった気がする。
結局思い出せなくてどうでしたっけ、って聞くと、近藤さんに頭ばしばし叩かれたり、土方さんに鼻で笑われたり、 沖田さんに馬鹿にされたりする。そんなのもなんか、とても好きだなあと思ったり、している。





.*。ストライプス.*。.





「疲れた。眠ィ」
「ちょ、沖田隊長?こんなとこで寝ないで下さいよ!俺車動かせないんですから!ちょっと!隊長!」


表通りから一本入った、そう大して広いわけではない通りはいつもと違って騒がしい。まあ、自分たちのせいだけれども。 山崎は頭を掻いた。目の前にはパトカーが一台。立ち入り禁止のテープが眼に痛い。
沖田は早速壁にもたれて眠っている。一緒に来ていた土方は、こちらの捕り物がひと段落つくと、 近くであった事件の方へ走って行ってしまった。おかげで眠いだるいと唸る沖田と、動かせもしないパトカーの前で待ちぼうけだ。 処理班はこれを片付けたら副長の方へ行かないといけないらしい。


「どーしろってんですか!とりあえず、隊長起きてください!」


山崎が控えめに肩を揺さぶると、土方死ねーとのお言葉。土方がいらつくのも、わかるかもしれない。絶対口には出さないけど。


「あっれージミーじゃん、どしたのこんなとこで」


立入り禁止のテープをものともせずやって来たのは、銀時だった。あいかわらず、ふわふわとした人だ。 つかみどころがないというか。


「あ、旦那じゃないですか。いやーちょっと困ってまして。俺、車動かせないんで、ここで待ちぼうけなんすよ」
「沖田くんは?あいついけんじゃねーの」


立ったまま寝ている本人を指さす。


「…隊長、まだ十六っすよ…」


山崎はため息を吐いた。真面目に言ってんならかなりやばいんじゃないのか、この発言。 あれ、そだっけか、と笑いながら銀時はパトカーの運転席のドアを引いた。


「え、旦那」
「じゃ、俺が送ってやるよ」


そう言うと、やっぱりへらりと彼独特の笑顔を見せた。










沖田を後部座席に放り込んで、助手席に座ると車は発車した。 なんとも奇妙な感じだ。パトカーなのに運転しているのが仲間内の誰かじゃないというのが。


「そこ、右です」


山崎が指さした角を見ながら、へいへい、と返事をして銀時はハンドルをきる。 見知った景色が前から横へ、そして眠ったままの沖田の横を通って後ろに流れていく。


「案外、運転丁寧なんすね。免停とかくらってませんでしたっけ?」
「なんで知ってんのジミー!もしかして調べたとか?そういうの怪しいからやめといた方がいいよ」


違います、ととりあえず否定して銀時の方を見る。横顔が楽しそうに笑っている。


「そういうことは全部記録されてるんですよ、警察なんですから。ましてや俺は監察ですよ、知ってて当然です」


そういったことだけじゃなく、情報ならいろいろと耳に入ってくる。 万事屋のチャイナさんは密入国だとか、メガネの新八くんとこはこないだまで借金でごたごたしてたとか。 煉獄関の真相には万事屋がからんでるとか、まあそういったことも。仕事上走り回っていれば当然なのかもしれない。


「ふうん、大変だねえジミーも」
「そうでもないっすよ、自分の得意なこと、組のために生かせてるんですから」
「ジミーは近藤とか多串くんとかこいつとかと一緒に江戸に出てきたくち?」


そう言って、旦那は左手の親指で沖田を指した。


「あ、はい武州です。地域はちょっと違いますけど」
「だからか、組のためなんて気負いなく言えちゃうの。いいね、そういうの。近藤もゴリのくせに大事にされてんな」


車は左側の車線に寄り、赤信号でゆっくりと止まった。ウインカーの音だけがカチカチと規則的に響く。
そしてふと、銀時が山崎の方を向いて笑った。静かな目で。いつもとは違う、ほんの時々、気付かないぐらい瞬間的に見せる目だった。 山崎は、その目が少し苦手だな、と心のどこかで思った。


「…沖田隊長、寝てますよね」


後部座席をそっと確認する。いつものアイマスクをして眠っているようだ、たぶん。銀時も続いてのぞく。


「なに?」
「いや、この話するとなんか知らないけど隊長怒るんで」


前に向き直ると、車が一台通って信号が黄色に変わった。そろそろこっちが青になる。
なんで怒るのかは半分見当はついているんだけど、自分はそんなに気にしているわけではないから、 沖田さんがそんなに気にかけてくれなくてもいいのに、と少し思う。少し息を吸う。


「俺ね、いわゆる愛人の子だったんすよ。でも、だからここに、いられるんです」


妾腹のってやつですかね、と言った声は、アクセルの音に重なって落ちた。 左に曲がっていくこの道は、屯所へは遠回りだと、実は知っていたけれど黙っていた。







「俺の親父、悪い奴じゃなかったんですけどね、まあいろいろ事情があって俺が生まれて。 母親と二人で暮らしてたんすけど、十歳かそこらの時に死んじまって、行くとこなくて親父のとこに引き取られたんです。でも」


車は遠回りの道を走る。運転席の銀時は黙って聞いてくれている。


「本妻の方に兄弟の子供がいて、やっぱ愛人の子どもなんか気に入るはずもなくって、もうさんざんいじめられたんですよ。 男だから容赦なくて。二人相手に敵わなくて、逃げてばっかりだったんです。おかげで身軽になりましたけど」

懐かしい、記憶の一部。なんであれ、自分という外枠を作り上げているひとつ。そう思えば、自然と笑みがもれた。

「そんで、逃げてる時にたまたま転がり込んだのが近藤さんの道場だったんです。近藤さん、お人好しだから匿ってくれて。 家になんか居場所なかったから、嬉しかったんです。剣道とかも教えてくれて」


懐かしいなあ、とぼんやり呟いた。あの頃、道場はごろつきの集まりみたいに言われていて (今から思えば土方さんのせいだろう)、異母兄弟たちも怖がって入って来なかった。 そして、近藤さんはおびえる俺の頭をわしわしと撫でてくれて、どうした、と人懐っこく笑った。
その時から知った。居場所があるということを。 どうでもいいことに馬鹿みたいに頭悩ませたり、くだらないことで喧嘩したり、みんなで昼寝したり。そんな、そんなことを。


「俺は剣道下手だったけど、身軽なこと尊重してくれて。こうやって真選組にいられるのも、全部近藤さんのおかげなんです。 俺だけじゃなくって、たぶんみんなそうなんですよ。武州のころからの人も、江戸から入ってきた人も。 組のためっていうよりも、そういう恩とか、縁とか、」


空気が澱んでしまわないように、あはは、と声を出して笑った。山崎は少し首をかしげて銀時の表情を盗み見た。


「ジミーも結構ヘビーな過去なのな」


そっか、と特に感動したわけでも、驚いたわけでもなく呟いていた。旦那らしい、と山崎は表情をほころばせた。 車窓から見える風景が、いつもの道に近づいてきている。屯所はもうすぐだ。


「俺もいろいろ知ってるんでお互い様です。あと、最後に一つ」
「なに?」
「旦那も、近藤さんみたいな立ち位置だと、思いますよ。チャイナさんとか、新八くんにとって」


返事はなかった。でも彼の横顔を見ると、先ほど見せていたいつもと違う目ではなくなっていて、少し安心すると同時に気づいた。
あれは、無くしたものを見る目だ。
するつもりもなかったこんな話をしたのは、そのせいかもしれない。








「ありがとうございました、旦那」


ばこん、とドアを閉めて言う。


「俺も近くに用事があったからだし、いーよ。つーかジミーは免許とらねーの?」
「や、身分証明出来ちゃうものは監察って仕事上持ち歩けないこと多いんで、どっちにしろ同じっすよ」


その答えに銀時は興味なさそうに返事をして、んじゃ、と頭を掻きながらふらふらと行ってしまった。 左の腰で木刀が揺れている。彼は彼なりの正しい生き方があるんだろう、と後ろ姿を見送る。 そうでないと、あの二人も付いてなんかいかないのだろうし。
沖田は後部座席で寝こけたままだ。いい加減に起こさないといけない。頭側のドアを開け、上から声をかける。


「沖田たいちょ、」
「おまえ、遠回りしてるの気付いてんなら言えよ」


沖田は自分からアイマスクを外して、起き上がり軽く伸びをして車内から出た。 山崎の横よりも少し前に立ってアイマスクを指に掛けて回している。


「起きてたんすか?」
「旦那に運転させたのばれたら土方さんなんて言うかねィ」


沖田は頭のうしろで手を組んでニヤリと笑う。それはちょっとヤバい、と思いつつ言わないでくださいと頼んだところで聞いちゃくれないだろう、この人は。


「でも特別に黙っといてやるよ」
「なんでっすか」


沖田は空を仰いでいた。抜けるほど綺麗な青が広々と空を埋め尽くしている。 見上げているその背中が、物を見ている視線が、昔は小さかったのに変わらなくなったなあと今更ながらに思う。


「いい夢を見たから、機嫌がいいんでェ」
「…よかったっすね」


沖田を追って、そろって屯所の母屋に向かう。
仕事は山積みで、大切な人がいて、ばかばかしくって楽しくて、自分は幸せだと、そんなことを江戸の空の下で思った。













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07.12.28
山崎のお話でした。10月くらいに書いたんですが、ものすごーく個人的趣味でねつ造なんでアップせずにいました…
でも気にいってるのでまあいいかとひらきなおり(笑)