snug







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今年最後の夕日が、ターミナルの向こうに隠れて見えなくなった。 階段をいつものように駆け上がると、万事屋にはちゃんと明かりがついていて、妙に安心した。 この後仕事が入っているから、ここにいられるのもせいぜい数分なのにもかかわらず、だ。


「おい、万事屋」
「なあに、土方くん」


呼びかけに珍しくすぐに答えが返る。台所から顔を出して、にやっと銀時は笑うと、いつもと相変わらずの寒そうな格好で玄関まで出てきた。


「なんか用?こんな大晦日の家族だんらん〜って時間に」
「家族だんらんもクソも、静かなもんじゃねーか。ガキは?」
「今年最後の買いだし」
「お節か?行事嫌いが珍しい」
「そんなお金はありません。今年最後の投げ売り買いに行ってんの」


用事ないんなら、戻るよ?なんていいながら台所を指す。そう言えば手に菜箸を持ったままだ。 靴を脱いでいるとさっさと銀時は廊下を進んでいる。追いかけて台所に入ると、鍋に湯を沸かしてある。


「何してたんだよ」
「そばの用意。あいつらもそろそろ帰ってくんだろうし。三玉百円て偉大だよなあ。お前、食ってく?」
「いや、この後仕事だ。年越しそばならもう食った」
「そりゃあお疲れさん」


板張りの床がじんわりと足に冷たい。もちろん暖房はついていない。万事屋の暖房設備はこたつとカイロ、その程度だ。 ガスの音だけが大晦日の台所に染みるように響く。箸で沸かしかけの湯をくるりと混ぜると、銀時は憮然とした顔で聞く。


「で、なんの用なの?今年最後だし会いに来たとか、バカみたいなこと言わないでね」
「……まあ、近い」
「うわ最悪」
「正しくは口直ししに」
「はあ?」


箸を握ったままの腕を無理やりに引き寄せて、銀時の唇を食んだ。からん、と音がして箸が床に落ちた。気にせず続けて唇を合わす。 微妙に嫌がっているのも最初のうちだけで、もう一度深く唇を合わせたら今度は抵抗もなかった。こういう無駄なやり取りが楽しいもの事実だ。 いつまでたってもバカ同志でいいような気がしてくる。


「はー……もうなんなのお前」
「昼食ったそばがあんまりうまくなかったんだよ」
「だからって俺がうまいはずもねーだろ」


バカか、と続けられてむっとするが、それも確かな事実で、それでいて銀時は近寄った体を離そうともしないのだ。 矛盾を指摘されるのを待っているようにも思うし、その裏返しが自分たちだという自覚なのかもしれない。
銀時がごそごそと腕を動かして、土方の後ろに伸ばす。するりと上着の下に滑り込んだ手が、シャツ越しに背中の温かいところを触る。


「なっ、つめてぇ手だな、おい」
「あー土方あったけえー」
「暖房ねえのかよ」
「カイロならあるよ」


背中に手を伸ばしているせいで、銀時の声は胸のあたりからくぐもって響く。 手の温度と背中の温度が分け合われて、だんだん同じになってくる。境目はどこにあるのだろう。


「カイロは暖房じゃねえよ」
「どんだけ俺がカイロに救われてるのか、お前はわかってない」
「知るか」


肩甲骨のあたりを銀時の手が触る。自分で触れられないところを、こんなに無防備に許していること。 そんなことを考えて、でも答えも出ずに、この一年も過ぎてしまった。ため息をつきたいところだが、そんなことをすれば、銀時にはすぐわかる距離にいる。 それでもいいような感触。この変な感触をできれば忘れたくないと思う。


「そろそろ仕事戻る」
「そう?」


あっけないほど簡単に銀時は背から手を離して、背後で沸騰していた湯の火を絞った。 落ちていた箸を拾って、銀時はじゃあね、なんてあっけらかんと言う。さっきまでこの胸にくっついていた顔とは、別人みたいな顔をして。


「じゃあな」
「うん、まあ仕事だけど、良いお年をね」
「お前もな」


台所を出、玄関で靴をはくと、銀時が後ろ姿で箸を握った手を振っていた。
まあ悪くない年だったかな、なんて思いつつ、土方は来た時と同じように、階段を駆けて行った。







かぶき町を出たところに止まっているパトカーの助手席に乗り込む。ドアが閉まると同時に走り出し、あっという間にかぶき町は背後に遠ざかる。


「なんか用事だったんすか?」
「ヤボ用だ」


運転席の部下に答えて、背もたれに体を預けると、背中の中心がなぜかほの温かい。気のせいではない温度差だ。 銀時が触った部分のような気がしてならない。のに不思議と嫌な予感もしない。 信号で車が止まっている間に、上着を脱いで、そのあたりを見てみるが、なにもない。上着の裏地が何事もなくぶら下がっている。


「あ、副長、背中にカイロ貼ってるんすか」
「は?」
「中で仕事しててくださっていいんすよ? 今日は特に外、寒いんですし」


そう言われて、背中に手を伸ばすと、貼りつけられたカイロの端っこに手が触れた。間違いない、あいつだ。 上着の袖に再び手を通しながら、くっと笑う。一枚取られた。


「こんなクソ寒ィ日だから、外で働く意味があんだろうが」


運転席の部下は苦笑いでそうですね、なんて返事をする。
この仕事が終わったら、カイロじゃなくストーブを買いに行く用事が増えてしまった。それも本望かもしれないが。














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11.01.09
大阪のシティでペーパーと一緒に配布しました。
snug(形) (場所・人が)暖かく心地よい、気持ちのいい、快適な
そんな意味です。