あなたの背中







初めてあの人にあった時、自分は砂の混じった握り飯を飲みこんだことを明確に記憶している。 その冷たい感触と相反する、やたらと柔らかい声が、頭のずっと上から落ちてきた。 こんな声をかけられたことがなかったから、銀時はてっきり、とうとう自分は死んでしまったのかと思いながら顔をあげたのだった。
その声をぼんやり聞きながら、どう返事をしていいのかがわからなかった。会話というものを、長らくしていなかったから。 どうやらその長髪の男は自分を連れて帰るつもりらしい、ということを理解して、いいとか悪いとか、嬉しいとかよりも、どうしようかなあと相変わらずぼんやりしていた。


「さ、行きましょう」
「……むりだ」


なにが無理だったのかは今でもよくわからない、でもそれだけが口をついて出たのだ。 きょとんとしたその人は、ああ、と納得したようにしゃがんで、こちらに背中を向けた。


「疲れて歩けないのだったら、おぶってあげましょう。ほら」


何の躊躇もなく、その広く綺麗な背中をこちらにさらしていた。がらくた同然といえ、刀も持っているのに。 それに、こちらは顔も着物も、泥や砂埃、他人の血で際限なく汚れていた。この綺麗な背中にそんなものを乗せてもいいものなのだろうか。判断が付かない。


「さ、ほら早く」


銀時はおそるおそる肩に手をかけた。どうすれば正しいのか、わからなかったが、戦場でおぶわれている人を見たことがあったので、真似をしてみただけだ。 その時おぶわれていた人間はもうぐったりとしていて、手も足も脱力していたからそれもさだかではない。 体が背中にそろそろと近づいて、くっつこうかという時に彼の手が銀時の足に回って、なんでもないようにすっと立ち上がった。


「あ、わ」
「どうかしましたか?」


その声に強く首を振った。ゆっくりとリズムを刻みながら歩き出した彼の背中が暖かい。 けれど、銀時はどうやってそこに体を預ければいいのだろうと、肩に置いた手が、彼になるべく重くないように少し浮かした。
怖い、と思った。いくら大した高さではなくとも、この状態で落とされればさぞ痛いだろう。足の先にも力を入れる。落ちた時に少しでも大丈夫なように。


「おんぶはいやですか?」
「……こわい」
「落としたりしませんよ。だから、そんなに緊張しないで、普通にしててくださいね」
「普通って、なに」


その言葉に返事はなかった。ただゆっくりと抱え直されて、最初から早くはなかった歩くスピードが、さらに遅くなっただけだった。 それでも銀時は変わらずに、どうすればいいのか分からず体を固くしたままだった。
重くはないのかな、とふと思ったが、そのことをどうやって伝えれば良いのかわからない。 彼がどうか自分を抱えていることで嫌な思いをしないといいなあと、滲む夕日を目に移しながら思っていた。
それがあの人との最初だった。












「銀ちゃんおんぶ!」
「嫌だっつーのお前重い」
「黙って背中貸せば良いアル」


神楽が駆けてきて、背中に抱きつきよじ登る。自分はもう大人だなんていうときもあると思えば、すぐこれだ。 でも今日の依頼は随分と忙しいものだったし、新八が来られなかったからか、神楽はずいぶんと頑張っていように思う。 たしかたないかなんて内心では許しながら、背中に張り付いてくる神楽を抱えなおす。 後ろから腕が伸びてきて、胸のあたりまでしっかりと掴まれ、さらに肩に顔が乗っかってきた。


「つっつくな!あちーんだよ!」
「銀ちゃんは黙ってればいいネ」
「あーもーうぜえええ」


万事屋に向かって歩き出す。神楽がゆらゆらと足を揺らして、時々その足先が銀時の足を掠める。脱力している上半身の体温が、自分との境目をなくしている。 こうやって人をおぶってやるのは何度目だろう。神楽はもうこちらの背中に慣れきっているように思う。 それだけ自分もそれを許してきたのだと思うと、ひどくおかしな感じがした。おぶわれかたも知らなかった自分が。
前に回されていた神楽の手がだんだんと落ちてきて、しばらくするとぶらりと下がって、さっきまで揺らしていた足の代わりに手がゆらゆらと揺れ始めた。


「あーもーったく……」

ずれてきた体を抱え直して、また歩き出す。
いつかの自分も、こうしてあの人の背中を心から安心して受けとめることができたら、どんなに良かっただろう。 幾度も幾度も思い出そうとして、結局思い出すのは、あの最初の背中だけだった。今になってそれが申し訳なくすら思うのだ。 だからきっと、こうして自分が背負う側になっているのも承知だけれど。


「うっわこいつよだれ垂らしてやがる」


それでも銀時は、神楽を起こさずに万事屋に向かって歩いて行った。














あなたの背中













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11.07.10
知らない人に、初めてされることって、安心がどうのというよりも、なんかいいのかなあって気持ちの方が大きい気がするとか、 あとになってもっとあの時に寄りかかっても良かったんだと思って少し後悔する銀さんがあってもいいとかそういう話