さくらさくら







さくらさくら





まだ寒い、と銀八は窓を閉めた。まだ寒い、まだ。なのに、世間様は春なのである。確かに年の瀬の押し迫った日の短さも、年明けのあの身の縮むような寒さも、すっかりなくなった。

でもまだ寒いのだ。受験票の上に桜は咲いたが、実際に咲くのは、その紙っきれが、学生証だとか教科書だとかの具体的なものに化けてからだ。その具体的、を目の当たりにすることは、めったにないのだけれど。せいぜい学校が好きだった物好きな元学生が、スーツに身を包んで遊びに来るくらいだ。銀八はそういう行動を、ほほえましいとは思わない。いつまでも昔の場所にとらわれるくらいなら、あっさり捨て去って過去の物にし、新しい場所を謳歌できる強さを持っている方が、よっぽど快い。忘れ去られることには慣れた。


「てぇのに、久々に寂しいとかなんなの」


自嘲気味に笑って、教室を見渡した。端から順番に、出席番号をたどって名前を言えてしまう。困った。来月にはもう新しいクラスで、新しい名前を何十人、覚えなおさなければいけないというのに。今年は、本当に問題児ばっかりで、本当に、困った。本当に。


「ほんと困っちゃうわ」


その中でも一番の問題児は、一見優等生だっただけに、手に負えなかった。勉強も授業態度も部活も文句なしだったのに、たった一言で銀八の中で一番の問題児になってしまった。


「何にそんなに困ってんだよ」
「……お前、卒業しちゃったら、生徒だしって言い訳が、使えなくなることとか」


高校の制服がちぐはぐなくらい、大人っぽい表情をするようになった問題児が、後方のドアでニヤッと笑った。


「スーツ姿見せに来てやろうか」
「いらねえ」


なんで、と急に子供っぽい顔をした土方に、銀八はできるだけ年長者らしく、言い聞かせる。


「俺が見に行くからいいんだよ」


土方の驚いた顔を見て、ひっそりと笑う。告白の答えはこれで許してくれよ。少し暖かな心を持って、いま、春を待っている。












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2014.03.16
春コミで出すはずだったペーパーに載るはずだったものでした。