桜の樹の下には






桜の樹の下には






銀神



桜の樹の下には、何があると思う、と銀ちゃんが聞いた。


「根っこじゃないアルか」
「なんかもっと他に出てこねえのかよおめーは」


からからと機嫌よく笑うのは、多分タダ酒が飲めたからだろう。機嫌がいいのはいいことだ。いつか私もきっと大人になって、同じようにお酒を飲んでからから笑おう、と心に決める。


「おめーの頭は、中身にも違わずお花畑だしな」


躊躇なく頭におかれた手は大きく、それは子ども扱いのしるしだった。それでも、なんとなく嬉しかったのは、夜兎の星にはこんなにも無防備に咲く花などなかったせいだ。初めて見たときは、ただ、なぜ、と思った。こんなにも花を咲かせて、世界を浮かれさせてどうするのだろうと。


「でも、私桜好きヨ」
「……ああ、そりゃよかったな」


兄も見たろうか、この花を。食べられないと言って嘆くだろう。もしくは木の下には何が埋まってるのかと、笑いながら掘り返したことだろう。自分で考えておいて、ぞっともする。きっときれいだと思わないだろう。
それでもできれば、見てほしいと思う。きっと同じことを思うだろう。こんな花が、あの星にもあったなら、何か変わったかもしれない、と。世界は巻戻らないことなど知っていて。巻戻らないからこそ、今ここでこうして見ているものがあるということも。


「で、さっきの答えは、なんか他に出てきたか?」
「……桜の樹の下にはぁー」


おう、と銀ちゃんは応じる。

「定春のウンコね!」
「情緒もクソもねえな、オイ」

ま、桜がきれいだったらいいか、と笑う顔を見ている。
言わないけど、桜の下には、夢と希望が埋まってると思うよ。こうやって笑っていられるだけの。こうやって笑わされるだけの、こういうものを糧に咲いていると思うよ。ねえ銀ちゃん。












銀登勢



桜の樹の下には、春が埋まってんのさ、とお登勢は笑った。


「だから咲いたら春がくるのさ」
「……旦那からの受け売りか」


よくわかったね、と大目に見積もっても嬉しそうに聞こえる声で言う。何年一緒に居ると思っているのだ、このババアは。嫌でもわかるようになるってもんだろう、今までのことを踏まえて考えれば。わかるようになったことは、自分でだって、予想外のことではあったけれど。少なくともここにたどり着いた時には、欠片も思っていなかった未来だ。
桜は、訪れたばかりの夜に惜しむことなく散る。その中をゆっくりとし、かし迷いのない足取りで、お登勢は歩く。銀時は、その背を見ながら、緩やかに進む軌跡を追う。


「まあ、あと何回見られるか分かったもんじゃあないけどねぇ」


あっさりとした口調なのにもかかわらず、しおらしいことを言うその背中は、確かに会った時よりも小さくなったのは事実だった。それを、不思議と寂しいとは思わない。それに添える手が、できれば長く俺のものであれたら、と考えるようになっただけのことだった。


「花見くらい、俺が連れて来てやらぁ」
「嘘つくんじゃあないよ」


笑うお登勢の頭に、花びらが一つ落ちる。気づいていないその髪に触れて取り払ってやれば、ずっと前ばかり見ていた視線がこちらを向いた。


「歩けなくなったら俺がおぶって来てやるよ」
「……死んじまったらどうすんだい」
「桜の樹の下に埋めてやらぁ」


そうすりゃ、あんたが春さ。
そう言えばきっとお登勢は笑うだろう。笑えばいい。春だ、と、桜だ、と、一緒にいたのだ、と笑えばいい。












トシミツ+沖田



桜の樹の下には、遺骸が埋まっています。と、丁寧な字でつづられたそれを、本当は見るつもりなどなかったのだ。


遺品の整理をしていた。うっかりしていた沖田の手から滑り落ちたそれは日記だったらしく、偶然開いたページ冒頭に、そう記されていた。
武州の田舎には、姉の大層気に入っていた桜が一本あった。決して大きくはなかったが、毎年満開の花を見せた。贔屓目に見ていたせいかもしれないが、地域全体の同じ種類の桜と比べて花は大きく色は鮮やかであったように思う。
その下で花見をした記憶は、幼いころながらはっきりと残っていた。その記憶が鮮明なぶん、あの下にいったい何が、とついその続きを読んでしまった。


恋とか、憧れとか、そういった想いの塊は、きっともう死んでしまったと思うから、桜の樹の下に埋めました。あの人はここに戻ってくることもないだろうから、毎年桜が咲くたびに、かつてあった気持ちを養分として咲いているのを見て、私が勝手に、満足をすればいいの。


沖田はそこまで読んで、日記を閉じた。


「姉上はバカだ」


思っていた以上に最近の物だったことや、遺骸という言葉がただの比喩であったことに安心しながらも、反面、ひどく取り乱していた。
土方のクソ野郎には、絶対に教えてなどやるものか。いつか、いつかまたあの場所に帰ることがあれば、この日記はあの桜の樹の下に埋めてやろう。クソ野郎の髪を一本、偶然、挟んでしまったことに気づかないままで。
四月になったばかりの江戸の空は、花曇りだ。武州でも桜が満開に違いない。












土銀



桜の樹の下には、とそこまで言って銀時は黙った。続きが一向に出てこないので目をやれば、俯いているので吐くかな、と思ったがそうではないらしい。桜の樹の根元に座り込んで二人してこの上なく不審者であるが、こちとら警察だ、職質を受けたところで痛くもかゆくもない。でも銀時はそうはいかないだろう。まごうことなき不審者だから。


「おーい生きてるか」
「……生きてるよ」


吐きそうだけど、と言うだけあってまだ立ち上がれないらしい。さすがに一升瓶を空にしたら酔うだろう。調子に乗って飲みすぎだ。春になると、桜が咲くとこれだ。


「で、桜の樹の下には、何だ?」
「あー、うん、何があると思う」


唐突にこちらに振られた言葉に、答えが思い浮かばない。何と答えるのを期待しているのだろうか。まさか、当たり前の土だとか根っこだとかそういう話ではないだろう。


「……お、思い出とか」


どもった答えに、銀時はしばらく黙って考えるような顔をしてから、だらしなく相好を崩した。


「意外に、ロマンチスト」
「んだよ」
「俺はー、酒飲みのこぼした酒とつまみと、あとはーそういうやつらが吐いたゲロでも埋まってると思うけどなー」


ま、それも思い出ってやつですかあ、と銀時は笑って、地べたにゆるゆると上半身を倒した。


「おいこら」
「俺も思い出になる?」
「……そんなしおらしいもんになるかよ、お前が」


そう言うと銀時は両腕を伸ばしてきたので、それを掴む。


「桜が散っちゃう前に、早いとこ起こしてどっか連れってて」


殺し文句が生きているうちに、この腕を引かなくてはいけない。そうしてこいつを捕まえておかないと、きっと知らぬ間に思い出なんてものになってしまう。きっと。












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2013.桜前線上昇中頃
桜の樹の下には、から始まるSS企画
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に書かせてもらった4つのSSです。