ひみつ







ひみつ





怪我をしている理由をいちいち説明すれば、仲がいいのだろうか。 そんなことは決してなくて、またバカやったんだろうって思っても言わないで、 それでもわかりにくく優しくしてくれてる、そういうことがお互いのことをわかってるって言うんだろう。 と、独断と偏見で思っている。それが俺と土方の関係だって、言い切りたいけど、 でもそんなこと恥ずかしくって言えやしないんだけど。

包帯が見えない部分でよかったと思っているのは、単純にそういう理由だ。 土方は変なことろで優しいから、会ったりすれば、きっとわかりにくく優しくされるからだ。




「怪我の具合はどうだ」
「おめーの頭よかましだよ」
「イメチェンだと言っているだろうが」
「じゃあ俺もイメチェンだよ」


紅桜の一件があってから、桂と会うのは久しぶりだ。こいつは心底隠し事が苦手で嫌いだ。 だからやたらとストレートに聞くし、自分が聞かれても物怖じ一つしない。 それはそれでやりやすいが、時々そんなことまで言うか、と思ってしまうのは自分の性格のせいだろうか。
桂と会うといったって、通りで偶然だの向こうが勝手に用事を取りつけてだの、が多いので 、こっちから会うことなんてないからいいようなものの。今だって、たまたま茶屋で一緒になっただけだ。 あの一件で髪が短くなっているので、警察連中からはばっくれやすくなっているのか、堂々としたものだ。 めんどくさい。


「外に出られるようになったのだから、具合は悪くないのだろう?」
「まーな。じゃ、俺帰るわ」
「待て、銀時」
「お前といるといろいろめんどくせーんだよ」


大声で何か喋っている桂を置き去りにして、店主に小銭を渡して店を出る。 追いかけてくるかと思えば、ぴたりと声が止んだので何かあったのかと顔を上げれば、 すぐ近くに見覚えのある黒服がいる。なるほど。ちょうどよかった、と思いながらそのしかめっ面に近づく。


「よ、多串くん」
「土方だっつってんだろーが」
「わかって言ってんだよバカ」
「……後ろ、だれか呼んでたぞいいのか」
「いいんだよどうせ嫌でも会う奴だし」


わかったようなわからないような顔をして、土方は銀時に曖昧な返事をした。 やっぱりあれが桂とは気づいてないらしい。いっそ教えてやって、捕まえてもらってもいいかなぁと考えて、 その時点で自分も攘夷だのなんだの言われて捕まっちゃうか、と思い直す。 自分が元攘夷志士だったことを知られたくないわけじゃないけど、でもわざわざ言う必要もない。


「どうせ聞いたって言いやしねーのはよくわかってるよ」
「何拗ねてんの」


眉間に寄った皺に人差し指を押し付けると、土方の眉間がもっと歪む。 土方の心根はまっすぐで、それがきれいだとも、うらやましいとも思う。 こいつの生きてきた、育ってきた環境が垣間見えるようで。だって、実際いいやつだ。 そんなことを知ってしまったのがそもそも不覚で、現状入れ込まれている事実も不覚だった。


「……今日の夜ひま?」
「明日は、遅番だ」


眉間から指を放すと、土方は素直にそう答えた。その回答に笑い返して、じゃあいつもの居酒屋で、と言う。 おう、とだけ返事をして土方は仕事に戻って行った。その背中をぼんやりと見ながら、呟いてみる。


「こんなこと思ってるなんて、ひみつだよ」


聞こえなかったらいい。












目が覚めそうな予感と一緒に深く息を吸ったら、自分の布団の嗅ぎ慣れたにおいと違って、急いで目を開ける。 鼻先が埋まっていたのは土方の後頭部で、どおりでにおいが違うわけだ。 真選組の全員が使っているのであろうシャンプーのにおい、と土方の一日働いた後のにおい、なわけだった。
足先が空に浮いてゆらゆら揺れて、夜風を切っていることが気持ちいい。 このまま寝たふりをしていてもいいかな、と思う。おんぶされるなんて、いつぶりだろう。


「……土方」
「なんだ、起きたのか」


立ち止まると、驚く様子もなく土方はあっさりとそう言った。 嫌そうなそぶりもなく、銀時を下ろそうとする。


「あ、待って待って、そもそも歩けんのかどうかわかんねぇわ」
「そりゃ、あんだけ飲めばな」
「それすらも覚えてねーわ」


しょうがねえな、と呟いてもう一度抱えなおされる。


「重てぇんだよくそ」


わざとらしいため息をついて、また一歩ずつ歩き始めた横を、 幾人も同じように夜遊びを楽しんでいる集団やカップルなんかが通り過ぎていく。 かぶき町の路上でキスなんかしてんじゃねーよバカ野郎、と言いたいのを我慢して土方の頭を見る。


「なあ、そんなに何でもかんでも気になる?」
「はあ?」
「俺は、ひみつでいいこともあると思うんだけどな」


土方が、口や喉に力を入れて黙り込んだのがわかった。触れている部分からじんわり伝わってくるのは、 体温だけじゃない。


「別に言いたくないわけじゃねーけど。でも無理に話すこともねーかなって」
「……そういうことは俺にだってあるから、無理に聞きやしねーよ。ただ、隠されると気になる」


その声の響きを背中越しに聞いて、どんな表情をしているのか、ただ想像することしかできない。


「そのうち、言うさ」


ただ、と続ける。


「俺とお前の関係性なんか、世の中の誰も知らねぇひみつなんだと思うと、 俺はこんなおんぶなんて行為にだってうれしくもなるし、興奮もするぜ」



悪かないだろ?
そう耳元で呟くと、暗がりの中でも、斜めに見えている頬が赤く染まったのがわかって、少しうれしかった。
いつか話すよ。お前も、いつか許せるようになったら、話せばいいよ。待ってるから。
 






































「来いよ鬼の副長、まずはてめーからだ」


隠してたわけじゃない、ただ言わなかっただけだ。 それが今こんなところで役に立つなんて、世の中わかんねーもんだと思わねぇか、なあ土方。


「この攘夷志士白夜叉の首、とれるもんならとってみやがれい」


お前の過去が、今の土方を作ってんなら、それでいいと思うんだよ。 思った通りに、まっすぐ育つような根底があったことを当てたから、少し胸のすくような気分で、言い放つ。
土方は楽しそうに笑った。俺たちのひみつなんてこの程度でどうこうなるのもんじゃないだろう。
暴かれて楽しいこともあるし、ふたりっきりしかしらなくてそれでいいことだってあるし、 俺一人でまだ持っていたいことだってある。

こんなめちゃくちゃな時に知ることが、あったっていいんだろうきっと。













土方が退院した、という話を聞いたのは、昨日偶然道端であった近藤からだった。 それは皮肉にも、あのときの茶屋の前で、 嬉しそうにそんなことを告げてきた近藤をほぼスルーしてしまったのは仕方ないことだ。
だから今、万事屋の中でジャンプを読みながら、駆けあがってくる足音が土方だと確信しているのは当然だ。 戸が開いたらとりあえずジャンプを置いて、これだけは言ってやらないといけない。
雑な足音が階段を上りきる。戸が乱暴に開いて、一歩強く玄関に踏み込む音。 こんな癖、真選組の野郎どもは知らないんだろう。


「おい、銀時いんだろーが」


その声に、居間から顔だけ出して返事をする。


「なんだよ」
「お前、全部話してもらうからな!」


やっぱ俺のことすげえ好きだよね土方は、とほとんど声に出さずに言うと、土方が靴を脱いで上がって来て、 こちらに詰め寄る。


「今、なんつった?」


人差し指を唇の前に立てて、これだけで十分だ。



「ひみつ」



暴いてくれるのを待ってる、なんてな。












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12.02.28
ひみつ、という言葉を考えたら、桃色だなあと思ったのでした。

土銀覆面企画さんに参加させていただいたものです。
作者名を出さずに読んでいただいて、当てられたら後編が読める、というものでした。
全編後編一括で載せてます。企画で当ててくださった方、ありがとうございました。