返事はなくていい







返事はなくていい






季節の変わり目に風邪をひくなんて、我ながらバカだと思うが、現状しんどいのでそれすら納得して布団の中だ。
熱はあるものの、幸い吐き気はないので横になっているぶんには苦痛はない。
新八と神楽はもちろん退散済みで、万事屋の中は静かだ。 すでにぬるくなった冷えピタを指先でつついて、ないより いいかと言い聞かせて無理やり目を瞑った。起きたら何か食べよう。冷蔵庫に何もなかったような気もするけど。







夢を見たのかも知れなかった。内容は思い出せないけれど、苦しくて目が覚めたから。 のろのろ起き上がると、寝間着は汗でぐっしょりと濡れており、それが輪にかけて気分を重くさせた。 さらにはもう陽が暮れかけていて、一日が終わろうとしている。 この時間は、何かしていなくても頭の中がぼんやりする。センチメンタル、なんて言えば聞こえはいいが、 そんなに上等なものではない。
銀時はため息を押し出して、その勢いだけで布団から抜け出した。
寝間着を着替えて、その足で洗濯かごに汗で湿った着替えを放り込み、台所へむかう。


「腹減った……」


いまいち力の入らない手で冷蔵庫を開けて、床に座り込みながら中をのぞく。卵が一個でもあれば上等だ。
インスタントものが棚に何かあったはずだろう。 そう思って冷えたオレンジの光を覗き込むと、中央に鎮座していたのは、ミカン缶だった。


「あ、いつ」


新八は、風邪の時は桃缶の信者だ。お妙が好きだかららしいけど。 桃よりミカンのが好きだと言って、庶民だと笑ったのは誰だったっけ。 ドアポケットには、ビタミン入りのスポーツ飲料が入っている。 そんで、なくなりかけていたはずのマヨネーズの横に新品のチューブが入っている。
言っておくが、万事屋メンバーで、使い切る前に次の調味料を用意するような律義な奴はいない。 しかもマヨネーズときたもんだ。立ち上がって、冷蔵庫を閉めて、冷凍庫を開けた。
普段は絶対買わない、大きなカップのアイスが無造作に転がっていた。指先で側面を強く押すと、少し柔らかい。 ここからコンビニは、そんなに近くはない。一番近くのコンビニからこれを買って、歩いてここまで来たら、 食べやすい程度に柔らかくなる距離だ。 チョコレート、と書かれたその大きなカップアイスは、ついこの間新発売だから食べたい、と漏らした商品だ。
銀時は冷気を吸い込んで、戸を閉めた。 台所の窓から見える夕日は冬の夕日と違ってきていて、柔らかくにじんでなんだか暖かいように見えた。 一人の台所で、電気も付けずに夕日を眺めている。


「土方」


呟くと、それはまろやかに世界に溶けて、銀時の耳にひどく優しくなじんだ。
返事がなくてよかった、と思いながら、冷蔵庫からミカン缶を取り出す。それは、外の夕日の色に、似ていた。


















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2011.03.27
相方に捧ぐ