青を背負う








木陰は好きだ。すきまから漏れる日光が、ほろほろとこぼれるように優しく肌の上を滑る。 この程度の光ならば日光に弱い夜兎でも大した問題にならないので、神楽は好んで木陰に入り江戸の昼間を楽しんでいた。 今居る街路樹は、並んだ中でも特に大きく、安定した枝の上にゆうゆうと座ることができる。
神楽は気まぐれに茂った葉の間から、眼下に広がる景色を眺めた。 眩しい日光にきらきらと光を返すのは、近くを流れる川面の反射だろう。 その光のすぐそば、河川敷に黒い影が躍っている。見覚えがあるその姿に気付いたのは良かったのか、悪かったのか。
きしり、と枝を鳴らして街路樹から飛び降りた。左手にはいつもの番傘。 自分は天人ではあるが、人間の情とかそういうものはわかっているつもりだ。 まあ、半分は銀ちゃんの言う、「貸しは作っといた方が得」というのに従っているだけかもしれないが。 ただ、この気持ちが情だけで割り切れることではないことに神楽は気が付いている。その心にそっとしまったままで。





「おーい、手伝ってやるアル!」


青く茂った雑草を足でかき乱しながら、河川敷を駆け降りた。
刀の冷たい切っ先が、振り向かない沖田の手の中でヒラリと光を走らせた。


「関係ないやつはひっこんでろィ!」
「こんな状況でよく言うアル!」


振り向かないままの沖田の後ろに傘を構えて立つと、びっくりするほど手際よく、あからさまに怪しいおじさん達がまわりを取り囲んだ。


「殺すなよ」
「お前をアルか?」
「いっぺん死ねよてめェ」



春の光の中、二人は背中合わせで、その腕を振り上げた。
空は皮肉なほど青い。











しゃん、と沖田が刀をしまう音は、熱くなった体に風のように沁みてなぜだかとても心地よかった。
振り回していた傘を開いて、踏まれて平坦になってしまった草の上に腰を下ろすと、近くなった川面はやっぱりきらきらと光を返してまぶしい。 ふと気がつくと、すぐそばに沖田の足がある。暑苦しいくらいの存在感を放つ黒服ですらもう、自分の許容範囲の中にあることにうんざりする。 自分は、この風をどう転がしてゆけばいいのかわかってもいないのに。


「これで貸し一個アルな!」
「誰も手伝ってほしいなんて言ってねェ。このおっさんどもが起きる前にさっさと帰りやがれィ」
「疲れたアル」


傘の淵から沖田を見上げると、ひどく心外そうな表情でこちらを睨んできた。こういう時こそにっこり笑うのは得意だ。 お互いいつまでも冗談のようにじゃれ合っているのは、きっとこういう時にきっちりと線を引けないからだ。 沖田に対して勝てないところがあるように、この状態で沖田は私には、勝てない。




めんどくさそうに頭を掻いた沖田は、草をかき分けて歩き出した。
そのあとを追ってしばらく歩くと、橋の下に迷うことなく進んで、何やら引っ張り出してきた。


「なにアルか?」
「放置自転車でィ。さっさと上あがれ」


まだまだ乗れそうなその荷台付きの自転車を担いで、沖田は先に堤防を上って行く。 沖田の掻き分けた草の後を追い、堤防を上りきるとすでに沖田は自転車にまたがって、こちらを見て荷台を差した。


「さっさと乗れ」
「…いいアルか!?」
「疲れたっててめえが言ったんだろィ」


放って行くぞ、とペダルに足をかけたので急いで荷台に腰掛けた。 それと同時にゆっくりと風を切り、小さなきしみをあげて、自転車は走り出した。 傘は差したままで、神楽は目の前の黒い背中に呟く。


「ケーサツは二人乗りしていいアルか?」
「文句あんなら降りろ」
「ないヨー」




だんだんと速くなるスピードに比例して、春の風が強くなって二人の両脇を駆け抜けていく。 目の前の沖田の色素の薄い髪が、風に揺らいで踊っている。 神楽はその髪をつかみたい衝動に駆られて手を伸ばしたが、思いなおして手を止めた。 自転車から落とされたら相当に痛いことは目に見えている。
手持無沙汰になってふと流れていく空を見上げた。相変わらず、きれいに晴れた青が、春の中で澄んでいる。
その青を、こうして今同じ自転車の上で、背負っている。風のように淡く、春のように甘く、青のように沁みる、この思いを、確かに今一緒に背負っていた。





自転車はきしきしと音をたてて、沖田は力強くペダルを踏み込んでいく。 その温度を感じながら、神楽は、このまま万事屋に着かなければいいのに、とそんなことを思った。














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08.03.28
11.01.10 改訂
沖神共同戦線に参加させていただきました。
お題は自転車二人乗りでした。楽しかったですー!