穴があったら入りたい
突然起こった物事への対処で、大体の人間性は把握できる、と思っていた。でもこれはあくまでありえる範囲内のことだけで、思いつきもしない、ありえないと思っていることが本当に起こってしまった場合に関しては、どうしようもないのだと思い知った。たとえば、突然何の前触れもなく、性別が変わってしまったりだとか。 「でもまあ、こういう事態になるとは思ってないよね」 「おめーだってそうだろうが」 「いやいや、俺はミニスカ履いて、キャバクラの客引きとかしてませんしィ」 そろそろ休憩時間終わっちゃうんじゃないの]子ちゃん、と銀時――いや、今は銀子か――は茶化すように言った。 「お前は男の時の方が節操なかっただろ、女装して客引きしてる方がよっぽどおかしいわ」 「いやいやいや、自分から進んでやったわけじゃねーし!不可抗力だしアレ」 だとしたら、今の状態だって不可抗力以外の何だって言うんだろうか。そう思って口をつぐむと、銀時はしばらくこちらをじっと見て、情けないような表情で笑った。 「不機嫌な時の顔、ぜんぜん変わんねえの」 そう言って、手をのばしてこちらの頬をつついた。知っているはずの手は、随分と小さく、指も細かった。そしてなにより、人目のある場所でこんなことを平然としたことに、違和感ばかりを思って、土方は唐突にいたたまれなくなった。何がどうして、こんなことになっているのだろう。入れ物が変わっても、中身まであっさり変わるような奴だったかなんて、それこそもうどうやって確かめるのかも分からない。 「なにすんだよ」 「……女同士なら、こんなことしててもなーんにも気持ち悪いとか思われねェのになぁ」 変な世の中、と呟いて銀時は笑った。そのまま、両手でこちらの頬を挟んで、今度はわざとらしい笑顔を作る。そうやって相手に対してふざけている時の顔は、そっちだって変わらないじゃないか。笑えとせかされているような気持にもなるし、大丈夫だと言われている気にもなるし、なんにも考えていないようにも見える。ちっとも変わらない。 「]子ちゃんのこのふにふにした感じも、悪かねーけど」 「けど?」 なんの未練もないようにパッと手を離すと、銀時は歩き出しながら、言う。 「物足んねーんだよなぁ」 「は?」 振り返らずに手を振られる。返事は聞こえない代わりに、その一回り小さくなった背中ばかり見ていた。 「万事屋が居なくなったとか聞いてたけど、こういうことだったのかよ」 「そういうことですぅ」 自分の体を確認するように腕や足を動かして、まじまじと眺めるついでみたいに銀時は返事をした。ここが何と言う星か、どうやってデコボッコ教の奴らがここに居るのかを突き止めたのか知りはしない。別に知る必要もないだろう。行くぞ、とただそれだけの言葉にここまでついてきた自分がいるのだから。 「あーこれでやっと」 銀時は両手の感覚を確かめるように、手を開いたり閉じたりしながら顔を上げた。 「やっと、なんだよ?」 「立ちションできるわー」 そこかよ、と笑う自分もまあ似たようなことを考えていたのは確かだが。 「まー、面白くはあったけどよ」 「戻れたから言えんだろ。俺は二度とごめんだ」 もとに戻れて、力いっぱい暴れられて満足したのか、一緒に来たメンツは帰途の為に来た道を戻って行こうとしている。同じように歩き出した銀時の後ろに付いていく。土方は最後尾に当たる場所で、銀時の背を見た。当たり前ながら、銀時だ。バカみたいな着物も、女の時よりも無秩序に見える髪も、雑に、でも力強く歩く足も。 「そりゃ、土方はもとに戻れなきゃあの転がったほうが早い体系のままだもんな、困るわな」 「お前は女のままでもよかったってか?」 「いやいやいや、それはねーよ」 顔は見えないが、からからと笑う声が明確に聞こえて、しばらく見ていないあの顔バカみたいな笑い顔が脳裏に浮かんだ。銀時は振り返らずにまた話し出す。 「女のうちにやっときゃよかったなーって、思うことならあるけど」 「あんのかよ」 呆れた声を出せば、銀時は待ってましたとばかりに、その良く回る口で何か言い始める。 「どうせなら、男引っかけて遊んでみてもよかったかなーとか思ったりして。だって穴があるのにつかわねえってのももったいなくねぇ?」 このセリフが女の状態で言っていたのなら相当なビッチだし、今この状態で聞くとセクハラ通り越して猥褻発言にも聞こえるが、まあ他の星だ、聞き流しておいてやろう。 「穴があったら入りたい、ってよりも入れてみたい、みたいな? こんなこと言ってられんのも、戻れたからだけどな」 「くっだらねえこと考えてんな、おめーも」 土方の声に、銀時が立ち止まって振り返った。正面切ってその顔をちゃんと見るのは久しぶりだ。銀時にとってだってそうだろうけれど。 「でもまあ、俺は穴より棒をとったわけですよ」 「……おう」 さらにでも、と銀時は続ける。 「土方になら、よかったかなと思うけど」 そう言ってまた銀時は歩き出す。その言葉を噛み砕けるまでしばらく土方はその場に立ち止まっていた。 「おい、銀時」 少し離れてしまったまま、呼びかけるが銀時は止まらない。もう一度名を呼ぶとやっと立ち止まったので、急いで追いかける。 「おい銀時」 「んだよ」 横に並ぶと、顔が赤いのがわかった。急に言葉少なになったそのことを、何だってこんなにかわいく思うのだろう。こいつは今、女でもなんでもない、がさつでバカで、天然パーマの男なのに。 「そんなに赤くなってどうしたんだよ?」 「……あー穴があったら入りたいわ」 「もうねぇよ、ってあったか、ここに」 右手で銀時の尻を軽くつまんだら、赤い顔についでに怒りが乗っかって、ああやっと良く知ってるこいつだ、と思う。 「このクソバカが」 「上等だ」 穴はなくても落ちる恋はあるってことを、いい年して知ってしまった事実と一緒に、二人して落ちる未来でもでもありゃあいいのにな。 -------------------------------------------------------------- 2013.05.12 5月大阪で発行した、凸凹編ネタでした。下ネタっていうかお下劣。 |