朝から降り続いている雨は、随分弱くなったとはいえ、まだ止まずにいる。銀時は寝そべったままテレビを見て一つため息を吐いた。


「なんだよ」
「ん、あれ」


テレビの画面の中に並んだ甘いもの甘いもの甘いもの。見たところで食べられるわけでもないのに、銀時は見るだけでもと言って番組自体は対して面白くもないのに、よくこの手の番組を付ける。

「美味そうだよなあ。秋はいいよな、栗とか芋とか」
「そうかよ、芋なんてもう田舎にいたころに一生分食ったから、そんなに上等なもんに見えねえがな」
「わかってねえな、俺だってただの味気もクソもない芋なんか死ぬほど食ったわ! だからそここうさー、スイートポテトとか初めて食ったときに何これ超うまくね? ってなったわけだよ」


そうかよ、と土方は呆れた声で返事をする。憮然としたような顔をする銀時も、いい加減味覚の好みが合わないことはわかりきった話なのだから、こういうネタを振ってくるのをやめればいいのだ。毎回こんな話の途切れ方しかしないのに。懐から煙草を取り出して、火をつける。雨が降っていなかったら、きっとこの時期だ、外に出かけるのにもいい気温だっただろう。そんな中で甘いものの話の一つもされればすこしくらい奢ってやった理もしただろうが。窓の外を見れば、雨はもう止んだらしい。


「ん?」
「あ? 土方どうした」


窓の外を指して銀時に示すと、銀時は顔を上げて、それからゆっくり笑った。

「虹だ、雨あがったな」


多分きっと、銀時が初めて甘い芋を食った時の気分はこんなだろう。虹なんか今まで何度も見たけれど。


「……甘いもの食いにでも出かけるか」
「いいねえ」


秋雨も甘いものも、悪くない、と立ち上がった銀時を見ながら土方は思う。



『秋の味覚』




















ひどい話である。高校三年生の二学期中間試験なんて言ったら、成績にも受験にも内申点にも、先生の印象にも深ーく関わってくる大事なものだと、わざわざ教えなくったってこのアホ学校の生徒でもわかっているってもんであろう。


「それが、これねぇ」


目の前にはブスくれた顔の土方が黙って立っている。テスト直後の職員室に呼び出すのもどうかと思ったので、わざわざ準備室の空を確認してまでこうして向き合っているわけだ。


「あのよ、お前がセンターの入試ってのは知ってるし、推薦だとか受けないから内申点なんて今更どうのこうの言うつもりはないけど、それでもこれは先生どうかと思うよ?」


平均点よりも随分下の点数を銀八はなぞる。いつだってちゃんと平均点+十点は取ってた土方くんがどうしてこんな。空欄の目立つ解答用紙。


「他の科目はいつもと変わんねーだろ、どうしたこれだけ。もしかして先生に対する嫌がらせ?」


現代文だけならかなり下の方まで落下したことになる、何が楽しくて急降下だ。


「……色々、考えてたら、これだけ勉強できなくて」
「そっか、まあ何がとは聞かないけど、俺ができることなら手伝うから言えよ?」


土方は少し上目使いでこちらを見た。深く黒い瞳の色なのに、妙に明るく見えるのが不思議だ。


「また、ちゃんと、言います」
「おう」


その目を覗き込むように見て返事をしたら、土方は場違いにもひどく無邪気に笑った。あ、と思う、なんか落ちてきた、なんだなんだ。


「入試落ちんなよ?」


せいぜいそう言うのが精いっぱいだった。落ちてきたんじゃない、多分落下したのは自分自身だ、着地したのが生徒の領域なんて、まあなんてひどい話だ。



『落下』




















桜の開花はニュースになって、日本縦断の最初から最後まで知っているなんてことは、この国に住んでいれば別に普通のことのように思っている。が、よく考えればひどくのんきで平和な話だ。


「でもなんで、紅葉はニュースにならねえんだろうな? 桜前線は南から上がって来るだろ、北から下がってくるのもあっていいじゃねーか」
「そんなに簡単にいかねえんだろ、紅葉じゃ」


最近土方は文句を言うということを放棄し始めている。そういうのどうかと思うな銀さんは。なんでも面倒になれば辞めりゃいいってもんじゃないでしょ、お決まりのなんかこう、あるだろ、安心感的な。
土方の自室の襖を開けて最初のやり取りが、何の前置きもなくあれだった俺が言うことじゃねーけど、と思いながら銀時は片袖落とした着物の懐に手を突っ込んだ。


「お土産」
「は?」


 懐から出した手を掲げて、手のひらを広げた。赤い葉っぱははらはらと落ちて、土方の黒髪の上に何枚か着地した。


「紅葉狩りか」
「そ、ババアが付き合えってな」


土方の隣に腰かけて、頭に付いたままのもみじを一つとった。お互いの間にそれを差し出すと、土方はやっと仕事の資料から手を離した


「赤けぇな」


呟いた土方の唇にそのもみじを押し付けて、銀時はその上から唇を押し付けた。


「紅葉前線到着しました?」
「バカなことしてんじゃねーよ」


やっと入ったツッコミは、なんとも柔らかく笑った顔のせいでどうもこっちが照れちまうよ、鬼の副長さんよ。



『紅葉狩り』




















一だーん、二だーん、三だーん……一段たりなーい、


「そりゃ怪談じゃなくて、階段だろ」


銀時のうらめしや、を遮って土方は言う。一体なんだってこんな季節外れに。涼しい通り越して寒さも倍増だろう。言ってる本人だって。


「……なんかあったのか」
「神楽とたまが遊んで勢いが良すぎて、階段がなくなった」
「はあ? 一段二段の話じゃねーじゃねーか」


だからわざわざ訪ねてきて、しかも出かけようなんて行き先もないのに言い出したのか。そろそろ飲み屋にでも入ろうかと思っていた考えも飛んで土方は銀時を振り返って、立ち止まった。


「そこなんだよ! 俺にも修理代半分持てっておかしくね? そもそもたま仕掛けてきたのがババアだろうが」


財布の中身が怪談沙汰だよ、と深々と息を吐く。さんざんだ、と書いてある顔が悲愴なのにも関わらず土方はそれを見て笑ってしまう。


「何笑ってんだコノヤロー、他人事だと思いやがって」
「階段が直った暁には、一段二段、って段数数えて昇って訪ねていってやるよ」


上等だコラ、と息がる銀時の腕を掴んで、どこか暖かい場所にでも行こう。それこそ、こんな会話が、明日が、こいつといる今現在が、うっかり季節外れの怪談にならないうちに。



『怪談』












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2013.10.27
スパークで配布したペーパーに載せていたSSです。秋がテーマ。